横浜~ポンチ絵とポンチ花まつり 2
ジャパン・パンチの創刊号の表紙にはチョンマゲ、かみしも紋付はかま、二本ざしの日本人が、外国人と握手をする姿を描いて、「握手礼」と書いています。当時の日本人の風俗は外国人の目には風刺の材料になっていたのでしょう。
いずれにしろ、ワーグマンの風刺マンガは文明開化、開港初期の風俗や世相を知るためにも、貴重な
資料になっています。
また洋画家としてのワーグマンは、日本人に洋画の画法を教えて、多くの日本人洋画家を世に出しています。
ワーグマンは日本女性を妻に迎え、横浜に住んで三十年、明治二十四年二月八日、この世を去りまし
た。当時の新聞はワーグマンの死を悼み、---横浜でもっとも広く深く愛された人物のひとりであった---
と記しています。